裁判・心証形成

はじめに

こんにちは、東京深川行政書士事務所です。

裁判における心証形成ということは聞いたことがありますか。

何か雲をつかむような話に聞こえますよね。

そこで今回は、裁判における心証形成について、基本となる知識をお伝えします。

裁判には、民事裁判と刑事裁判がありますが、刑事裁判では民事裁判よりも、高い証明度を要求され、事実認定の心証内容自体も違うことが多いとされています。

もう少し、具体的に説明してみましょう。

民事裁判では、事実を立証しなければならない側が、通常人が疑いをさしはさまない程度の「高度の蓋然性」があることを立証する必要があるとされており、「合理的な疑いを超える程度の確信」を求める刑事裁判よりは、要求される心証の程度は低くてもよいとされています。

比喩的な言い方としては、刑事裁判と民事裁判の心証の採り方には、カラー映画と白黒映画の違い、あるいは実際の上演を写したビデオを見せられるのと芝居の台本を読むのとの違いがあるともいわれています。

そのことをパーセントで表すとどうなるでしょうか。

あるベテランの刑事裁判官は、被告人を有罪とするためには、95パーセント以上の確信が必要であるとし、また、ある民事のベテラン裁判官は、原告を勝訴とするためには、80パーセントの証明でよいとしています。

刑事裁判では、「黒」(有罪)か「黒でない」(無罪)かという色で表現されることがあり、灰色は無罪とされるわけです。

一方、民事裁判では、証拠の優越で足りるとされています。

以下では、民事裁判における心証形成に絞って見てみましょう。

一昔前は、「心証とは、狭義では事実認定における確信の度合であるが、広義では、ある事件に対する裁判官の評価的印象自体をも意味する」と説明されていました。

その後、「心証とは、手続上、認定すべき事実の存否についての内心の認識や確信の度合である」と、少し平易な形で説明がされるようになりました。

これら2つの説明は、持って回った言い方と評されていますが、例えば、原告が被告に「お金を貸した」(事実)という貸金返還請求訴訟において、裁判官が、そういった事実があったとどの程度の確信を持っているか、というのが「心証」だというのです。

何か小難しい話に聞こえるかも知れませんね。

しかし、最近では別な言い方もされており、裁判官の心証は、全人格的判断だというのです。

どちらにしても、理解するのは容易でないようです。

それは、結局「心証」というのは、裁判官の心の奥深く仕舞われていて、外からは見えないからです。

どのようにして心証が作られるのか(これが「心証形成」の問題になります)、どのようにすればその心証が見えるようになるのかは知りたいですよね。

心証形成の段階

心証形成の段階について見てみましょう。

心証形成は、訴訟の早い段階からあり得るとされています。

訴訟の段階に応じて心証の程度はもちろん異なるでしょうが、裁判官は、訴訟の段階に応じて、限られた時間と労力の中でマネジメントを試みるとともに、事件の見立てをしていくことになるというのです。

まず、訴訟の開始の段階では、原告の訴状のあり様を見て、その根拠とするところや訴えの提起の事情から、初期の心証形成が開始されるとされています。

それは、訴状には、「立証を要する事由ごとに、当該事実に関連する事実で重要なものおよび証拠を記載すること」になっており、登記事項証明書等の一定の書類および「立証を要する事由について証拠となるべき文書の写し(書証の写し)で重要なものを添付しなければならない」とされているからです。

次に、被告の答弁書(答弁書も、訴状に関する2つの「」と同様にすべきものとされています)が出た段階で、通常の事件であれば、訴状と答弁書を比較検討して、筋のいい事件か悪い事件かといった心証を抱くことができるというのです。

そして、訴状、答弁書、準備書面(準備書面も、訴状に関する2つの「」と同様にすべきものとされています)のやり取りの中で争点が決まってきますので、あくまでも暫定的とはいえ、どちらに有利な事件かという心証が得られるとされています(ただし、新規な法解釈が必要な事件、鑑定が予想され、その結論に依存する事件とかは除かれます)。

これらのことからもおわかりのように、当然ですが、心証の形成には当事者のかかわりが重要のようです。

当事者の訴訟追行の対応や態度が心証形成にも大きな役割を果たすからだといわれています。

これは、よくいわれます「弁論の全趣旨」という形での影響と説明されています。

主要な書証は人証前に出揃い、一般的に「書証は人証より強い」(「心証形成における書証の優越」ともいわれます)として、人証に臨む前には、一応の心証が出来上がるというのです。

そして、人証は、それまでに出来上がっている心証を確かめていくという「検証」のような過程になることが多いとされています。

全体的な心証形成の経過については、揺れ動きながらラセン状にのぼってゆき、段々心証の網の目が密になっていって、最終的には判決(結論)という形で表現されると説明されています。

当事者からすれば、裁判官に勝手な心証形成をされないように、裁判官を見据えた訴訟活動をする必要があるということになります。

それでは、どのようにすれば裁判官の心証が見えるのでしょうか。

心証の把握

裁判官から積極的に心証の開示がされない場合であっても、訴訟関係者からすれば、裁判官の心証を把握することは必要なことだとされています。

しかし、中立公平な判断者という立場から、一方当事者に偏していると疑われるのは望ましくないので、なるべく心証を悟られないように、ポーカーフェイスで審理に臨むようにと、裁判官は教育されているとも聞きます(最近では、もっとフランクでよいとされているようですが)。

そういう裁判官から、難しいとはいえ、心証を汲み取るようにしなければならないというのです。

訴訟の各段階で、裁判官がどのような心証を抱いているかによって、主張や証拠の出し方も違ってくるからというのが、その理由とされています。

裁判官が積極的に暫定的な心証を開示する場合は、もとより容易に裁判官の心証状態を把握できますが、そのような場合でなくても、裁判官との応答をできるだけ多く積み重ね、裁判官の訴訟指揮などからヒントを得ることも重要なことだといわれています。

この点、裁判官からは、いろいろな方法によるシグナルが発せられるはずなので、それを見逃さないようにすることが大事なことだと説明されています。

明示的な形では釈明や証拠の採否があり、また見えない形では期日の指定の仕方などもありますので、それらから裁判官の心証を把握することは可能だというのです。

裁判官が和解をすすめる場合、心証を明らかにするのかということがいわれています。

裁判官が和解をすすめるのは、通常は、争点が固まった段階、さらには証拠調べが終了して心証が固まった段階になるとされています。

そして、和解をすすめるのは、例えば、事案の落ち着きからみて双方の痛み分けを要する場合、他に関連の争いがあって、一挙に解決することが望ましい場合、証拠の偏在による結果の不都合を回避すべき場合、当事者の支払能力や支払の見込みなどを考慮する場合などと説明されています。

また、和解と心証の関係については、和解手続がコンサル的機能があるように、当事者の争いを解決する必要から、心証とは別に当事者双方の気持ちを和らげたり、説得の技法として心証から離れたことを伝えたり、真の心証を隠して当事者双方に違う心証のちらつかせ方をしたりすることはあるともいわれています。

まとめ

裁判における心証形成については、おわかりいただけたでしょうか。

民事では書証が重要ということですが、行政書士は、多くの分野で重要な書類作成に携わっています。

書類の作成でお困りの場合は、行政書士などの専門家にご相談されることをおすすめします。

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